気仙沼のこと

気仙沼について

2017年1月10日

森は海の恋人。
これは、気仙沼の牡蠣養殖、畠山さんがおっしゃっている言葉。
そういえば、植樹のお手伝いに行ったっけなぁ。今頃成長しているかな?

で、さっき北大の低温科学研究所准教授白岩孝行さんがNHKの視点・論点でこんな話をしていた。

オホーツク海の豊富な海洋資源の源は、実は遠くモンゴルを流れているアムール川なのだということです。
理屈はこう。

  • オホーツク海の特徴は、魚などのエサとなる海洋プランクトンの豊富さにある。
  • 海洋プランクトンは、成長要因として鉄分が必須であるが、通常鉄分は海水中の塩分と結合して沈殿してしまい、海水中には鉄分はほとんど溶けていない。
  • また、鉄分はふつう山の土中に含まれているものが、森林に降る雨を伝って、川へ流れ、川から海へ行く。
  • ところで、アムール川は世界最大級の大河であり、モンゴルから中国、ロシアと渡っている。
    途中、川の流域には多くの湿地帯が存在する。湿地帯があることで川の水の酸素濃度が低下する為、代わりに鉄分が粒子として存在せずに川水中に溶け込むようになるそうだ。
    多くの湿地帯が川の付近に存在することから、アムール川には多くの鉄分が溶存しており、約1ヶ月かけてオホーツク海へたどり着く。

    ここでオホーツク海沿岸の気候が作用する。
    オホーツク海沿岸に吹き込む冷たい空気により、流氷ができるが、流氷の生成により塩分が濃い水が流氷の下部に生成し、その重たい海水が海の底に沈むことにより、海水をかき混ぜる現象が起こる。
    これにより、海底に溜まった鉄分が海水面に巻き上がることで、オホーツク海近辺では海水中に鉄分が含まれる状態が出来上がる。

    この川の湿地帯と、オホーツク海沿岸の気候と地形(遠浅なので対流が起こりやすいのか?)という好条件が組み合わさって、恵まれた漁場となるのであると初めて知った。

    でも、それが危機的状況なのだということである。

    まず、湿地帯がモンゴルや中国の都市化により干拓されてしまっていること。また中国で化学工場が爆発した事故があった際にも起こったこととして、爆発により流れ出したベンゼンなどの化学物質がアムール川を汚染したりした。
    そして、都市化による森林伐採により、また森林火災等により山の森が無くなることで雨水の蓄積ができず、鉄分が川に流入することが少なくなってきている。
    さらに、オホーツク海周辺の温暖化により流氷生成が減少しているということ。

    これら問題の多くはオホーツク海の海の恵みに依存していない遠い陸地に起こっている事柄なので、当事国に意識が生まれないことは当然であろう。
    そこで、現在日本とロシアとのあいだでコンソーシアムなどを設置して、環境保全問題の情報共有をしていっているそうだ。
    ロシアとの北方四島の共同開発も、このあたりの問題に踏み込んでいけば、改善されるのではないかと期待します。

    世の中、つながっている。


    2015年3月11日

    3.11
    あれから4年になります。

    復興のためのボランティア活動というのは、ひところに比べるとずいぶんと縮小しているのは事実です。
    それ以降も日本の各地では災害が起こり、そのための復旧活動にボランティアが赴くのは当然ですし。
    (そもそも復興にはフェーズがあり、それぞれ求められるニーズも異なるでしょうから。)

    そんな中、継続的に支援していくということはなかなかできることではないとおもいます。

    実は
    今回で6回目となるチャリティーカットのイベントに先日の3月9日、撮影のお手伝いさせていただきました。
    SynergyさんのFacebookページ

    前回もその前も参加させていただいたのですが、もう6回も行なっているんだなぁ。
    そんなことを気づかされたのは、参加しているお子さんたちの顔を見たときでした。
    わたくしが最初に参加させていただいたとき(第2回目)に「初めての美容室カット」を体験された赤ちゃんが、
    なんともうすっかりおねえちゃんになってました。

    みんなで見守りながら…
    synergy2015030903

    ひとりでもおりこうさんでカットしてもらって…
    synergy2015030902

    今回は自分で募金箱に寄付してくれました。
    synergy2015030901

    この日はあいにくの暴風雨で、雨風が強く足元のお悪いなか、
    たくさんの子供たちが(なかには一人で電車に乗って)通ってくださいました。
    synergy2015030904

    今回は、とくに告知をしていなかったのにもかかわらず、今までSynergyをご利用でないお母様がネットでこのチャリティーカットのことを知って駆け付けてくださいました。
    「近所で今もこういった活動されてらっしゃるというので、ぜひ参加したいとおもい突然ですが子供を連れて来ました。」

    『2011.3.11に発生した東日本大震災から4年。
    この震災で被災された方に対して、神戸の小さな美容室の私たちが出来ることは何なのか・・・
    忘れてはいけない。風化させてはいけない気持ちで今春も開催します。』と語る、
    神戸岡本の美容室 Synergy オーナーの春名さん。
    synergy2015030905

    SynergyのWEBサイト
    Facebookページ

    継続することの大切さですね。街のみなさんにも想いは伝わったのだとすれば本当にありがたいことです。


    2015年1月17日

    今日1.17は、あの日から20年目です。テレビやSNSのタイムラインでは震災のことを繰り返し伝えています。

    実はあんまり思い出したくありません。二年前気仙沼で被災者とお話するときに、神戸のときは…って思い出そうとすると、気分が悪くなって嗚咽しそうになりまして…、思い出せないといいますか、無理やり記憶から消去しようとしているのかもしれません。そう、まだ心の整理がついておりません。
    (と申してはなんですが先の大戦でご苦労された方たちが当時のことを語ろうとしない気持ちもわかる気がいたします。)

    防災に関するお話は、前提として被災した話というのがあるので、あまり語りたくはありませんが、
    今日、お伝えしたいのは、そんな20年前の神戸での震災において、救済の手を差し伸べていただいた多くの方々のことであります。そういう身も知らない方々の手助けがあったことをその当時は知る由もなかったわたくしとしては、今こそ振り返らなければならないと思ったからであります。

    (以下、一昨年の10月ごろに気仙沼に訪れた際に関係者へインタビューしたものを文字起こししたものです。)
    神戸の震災のときに、全国から多くの方のご支援を頂戴したのですが、気仙沼からも船を一隻チャーターして救援物資を届けてくださったというのを、恥ずかしながら気仙沼に来て知りました。そのときのリーダー(言いだしっぺ)の方がどなたで、なぜそういうことを成し遂げられたのか?を個人的に興味がありましたし、御礼を申し上げたいとおもってお尋ねしました。
    途中から録音したので、いきなりですが….
    ———————————————
    私)震災が起こってからどのくらい経って、そして誰が手配して?

    Hさん)一週間ぐらいですよ。

    誰だっけな?

    その年の日本経済新聞の大賞を受賞したんだか?
    そういった資料は全部この建物の1階に保管してあったんだけど、ご覧のとおり津波で流されちゃって、なにひとつそういった資料が残されていないんですよ、だからアタマの中に残っているだけ。

    主体となったのは、北部カツオまぐろ漁業協同組合が(今は組合は解散しちゃったんだけど)。そこの組合が中心となって市民に呼びかけて。僕も青年会議所とか、商工会議所青年部とか、青年会議所理事長やったりとか商工会議所青年部会長とかやったりしてた関係から、若い人たちに声を掛けたりだとかしまして、いろんな形で貢献するにはどうしたらいいかというのを考えてやってわけです。
    で、神戸へ行くのは陸路では無理だという事で、俺ら得意の船で持って行こうじゃないかという話になって、379tまぁ400トンぐらいの船がたまたま買ってきたやつがいて、中古船をね。ほいで整備をしてたんですよ。で、たいがいみんな沖にでてますから、船は。それがたまたま居たんで。それに貸してくれっていったんですよ。あ、いいよ。って話になって。じゃあそうしようかっていう話になって、整備なんていうのは、船というのはいろいろな検査を受けなきゃいけないんで、運輸省の海運局に行って「こういうわけだから早く検査してくれ」と。とまぁいろんなことをやってもらってですね、動かせるようにしてもらったんですよ、日数的にも早く。
    で、何を持っていくかっていう話になって、水が足りない、ポリバケツが足りない、だから気仙沼からポリバケツが一挙に無くなったんじゃないかな。それは300トンくらい積めるんですよ。300トンっていったら大型トラック30台分ですからかなりな量なんですよ。それをまあやるにはいろいろな形でやるわけで、水だってこう一般家庭で詰めるわけにはいかないから、市役所の水道課に行って、あそこにその商工岸壁に水道のでかいやつが来てんですよ、要するに船に積むようなやつ、そこから小分けにするようなやつを水道局に急遽作ってもらって、ポリタンクが汚いと困るからみんなで洗ってから、水を詰めたりとか、あとは日通の人たちも協力してくれたし、それから赤十字の人たちも協力してくれたり、けっこう周りの人たちがぜひやる!ってことでやってもらったんですよ。
    俺と組合の人たちと、たまたまそこに県会議員の選挙にでるやつがいたんですよ、そいつを使っちゃっダメだからということでオモテに出ずに裏方をやってくれと。

    ずいぶん積んだなぁ、ポリタン。それでコンパネも協力してもらって。コンパネを引いて、その上にポリタンクを積んでいって何段か重ねたりですね、
    ここに東洋水産の工場があったんですよ、そこはどん兵衛を作ってた会社なんですよ。で、そこに頼んで、ま、お金をこのくらい出すからって言ったら、いやいいですからって言って、こちらが言ってた倍以上を提供しますからって言ってくださって、東洋水産のMさんって方が社長だったんですけど、OK出たんだけど、夜中に積み込もうとしてたら電話がかかってきて「いやぁどうしようかっていうんですよ。味が違うっていうんですよ。スープの味が。」(東北と関西では味が違うので)どうしようかってことになったんだけど、この際、震災だからしょうがないから、東北の味も味わってもらおうってことになったんだけど、ところが東洋水産としてはダメなんですよね。なぜかっていうと「こんな味のまずいやつ」って関西の人に思われたら…(ブランドイメージが損なわれる)おそれもあったんですけど、M社長が「この際だから、いい。」ってことで決断されて、何万食だったか、カップめんと水を交互に積んで。
    あと、自転車屋さんにお願いして、中古の自転車でもとにかく協力してくれっていって自転車と、それから猫車(一輪車)も協力してもらったりですね、ホントにみんな協力してもらいましたよ。
    それで、いろんなもの持ってきてくれるんだけど、ただ積んでもいけないから、婦人会の人たちも来てもらってみんなで選別して段ボール函に「これは何が入ってます」とか「何々何キロ在中」とか全部やってもらったわけですよ。
    そうやって二日間くらいで作ったわけですよ。だからけっこう早く処理したんです。ただあんとき見てて「こんなの商売だったら最高に儲かるんだろうなぁ」なんて思うくらい、みんな精力的にやってくれたんでね。まぁきっかけは我々が言ったんですけど、いろんなところからの問い合わせの責任者になっていましたけれど、ま、全体がみんな責任者なんだけれど、船主に船を動かすのを頼んだり、船を動かすには人が要りますから、免許をもった船長とか、機関士とか、一等航海士とか要りますから、そういう人たちにみんなボランティアでやってもらったりしました。船員を集めてこれをボランティアでやってください。と。その代わり、保険とかもちゃんとやりますから。
    ま、なんつうの、全体で、みんなでやったっていうか、感じしましたね、気仙沼の人たちが。でも、一番最初は市なんか足踏みしたんですよ、なんでってのは、市でも集めてたんですよ、我々もこっちで集めてますから、いいやそんなの関係ない、船で運ぶさ、赤十字のがある。いやいやそんなのいつ行くかわかんないですよ、とにかく今持って行かなきゃなんない、そんで、ここでたまたま女性用の生理用品とかおむつとかなんとかの展示会をやってたんですよ、そこにいってお願いして我々の若手の(ま、そんとき私もまだ若かったですから)組織で研修旅行するために積み立てたお金が400何万だかあったんですよ、そんで日通のそこから250万円だかで買って、聴いたんですよ、神戸に。どんなのが必要ですか?ってつったら女性用のそういうのがものすごく、なんつうの、すぐに手配できないから必要ですと。だからそれで買ってですね、積めたんですよ。そういうの全体的には、だから、あの神戸からの要望のあるやつも積んだんですよ、だって変なものが行ったってしょうがないじゃないですか。ただ、着るものなんかはわかんないじゃないですか、毛布なんかもお聞きしたんですけど、それは持ってきた人に失礼だから要らないよとはいえないので、申し訳ないから女性用とか子供用とかの仕訳をぜんぶやってですね、で、協力もらったのは今でもいっぱい頭のなかに浮かんでくるけど、ほんとみんなに協力もらったんですよ。
    あと、船を動かすのもそうなんですけれど、現地に着いたらどうしようか?ってことでですね、全日本海員組合っていうのがあるんですが、こちらにもあるんで、そっちの支部に頼んで、運ぶのそっちの支部で手配してくれと。船は着けるから。それと保安部に、これこれこういうわけで船が行くから、ここは第二管区なんですけど、全部の管区のエリア担当の保安部に頼んでもらったんですよ。大阪の入り口には大阪の第何管区だか忘れてしまったけれども、そこの船が待っててくれてて、先導してくれて、そしたら岸壁が壊れててなかなか着ける場所というのが少ないんだそうですよ、それで最終的には保安部がそこへ見に行ってきて、うちの船が行くまでに全部調べておいてくれてたわけですよ。で、そこへ着けさせてもらったんですよ。
    で、こっちで二日間で積み込んだ荷物があってでは何時間も経たずに無くなったっていうんですよ。要するに段取りが良かったんです。小さい車がいっぱい来たんだって。軽四輪の。いろんなところに入るにも都合がいいからっていって。会員組合も相当人数を集めたんじゃないかな。いわゆるすごく待っててくれてね、スムースにたぶんね、配られたとおもうんですよ。ティッシュとかね、そういった関係のものはなかなかすぐに手に入らない、日用品てのは、スーパーなんかで無くなっちゃうから、無いということでね、子供のおむつなんかだとか大変だったっていうから、そんじゃあちょうどよかったかなと。ま、おおざっぱにいうとそういう感覚なんですよ。

    私)「神戸からのリクエストに応えてというのは、神戸から何かこちらに…」

    Hさん)こちらから神戸に問い合わせしたんですよ。

    「それはどこに?たとえば、水産関係だとかの…」

    海員組合通じて、神戸のなんつうの、対策本部とかいうところにじゃないですかね。
    ———————————————(つづく


    2013年9月13日

    いよいよ明日9月14日公開の、劇場版ATARUの予告編(2)の1:18くらいのところで、ホヤぼーやが映ってましたね。

    ATARU_TRAILER

    ホヤぼーやというのは、気仙沼市公式観光キャラクターとして、前回のゆるキャラ(R)グランプリで、締切間際からのエントリーにもかかわらず、並み居る強敵を押さえ東北地区No.1(全国26位)となったことで知られています。
    今年もそのゆるキャラグランプリが開催されます。今年は速攻でエントリーも済ませましたw

    みなさん、映画をご覧になった後は、ゆるキャラグランプリにも注目してくださいね!

    『劇場版ATARU』http://www.ataru-eiga.com/index.html
    『ゆるキャラグランプリ2013』http://www.yurugp.jp/


    2013年8月20日

    前回、今年の3月に行なったチャリティーカットの写真撮りのお手伝いを、今回もさせていただいた。このイベントは神戸・岡本の美容室「Synergy(シナジー)」さんが企画しており、今回で第3回となる。小学生以下の子供たちのカットを1,000円で行ない、その売上げ全額を東日本大震災で被災した気仙沼への復興に取り組んでいる岡本商店街振興組合へ寄付するというものである。
    「顔の見える支援」ということで、チャリティーカットに参加していただいたお子様の顔写真を撮らせていただき、気仙沼へ寄付金だけでなく「寄付した人の顔が見える」よう、写真を添えて届けたいという考えから、毎回写真を撮らせていただいている。

    この写真はたまたま前回初参加したお子さんが今回も参加されていた様子を写したものである。

    20130819-234800.jpg

    子供の成長の早さには驚かされます。前回は産まれて初めて髪を切ってもらったそうで、とてもおとなしくお利口さんでしたが、今回はカメラに戸惑い、ジッとしていられずにぐずりと、たいへんそうでした。

    20130820-001550.jpg

    しかし、このように子供の成長がトレースできるのって、なかなか体験できないし、この一連の写真をいつか大きくなってこの子が見たときに、「わたしってこの美容院で初めて髪を切ってもらったんだ。」ということをしみじみ分かるんだろうということが、何だか素敵だなと思ってしまいました。


    2013年8月18日

    先日、ギネス記録樹立の瞬間に立ち会いました。生まれてはじめてですw
    8月17日(土)神戸KIITOにて、”豚まんにより最大の面積を占めて作成されたモザイクアート”に挑戦するイベントがありました。
    その名も『ツナガリっちょKOBE〜被災地の子どもたちと世界記録に挑戦!!!

    ツナガリストを自称するわたくしとしては、ツナガリっちょという名称で行っているイベントに参加しないわけにはいかないでしょー、というわけで前日の会場設営からお手伝いさせていただきました。

    主催者のマゴちゃんさんとは、その日がはじめましてでしたが、一瞥してすぐにつながりました。これだけのイベントを成立させるのはなかなか大変なご苦労だとおもいます。おつかれさまでした。
    今回これをきっかけにいろんな方とツナガリっちょできましたが、みなさんマゴちゃんつながりでFBを通じて参加されていらっしゃいました。
    考えてみると、FBで募集をかけたイベントなので参加者はFBアカウントを持ってらっしゃる方ばかりでしたので、会場でお話させていただいた方、ほとんど全てとFB友達になりました。こういう体験ははじめてかも。

    ツナガリっちょKOBE〜被災地の子どもたちと世界記録に挑戦!!!

    ツナガリっちょKOBE〜被災地の子どもたちと世界記録に挑戦!!!

    写真は、ギネス記録を認定された後の記念撮影です。
    それにしても、ギネス記録というのを認定するのって、難しいようで意外と簡単にみえました。
    この場合は、認定する方が1名、カウント計測する人が2名、ビデオでノーカット撮影する人が1名、で、
    1)面積が正しいかどうか、キャンバスの長さを計測し(ちなみに、前回までの記録が10平方メートルで、今回は10.8平方メートルに挑戦)
    2)隙間なく豚まんが敷き詰められているかどうかを目視し
    3)使用された豚まんの個数をカウントし(これは正確な数字を発表されませんでしたので、いったい何個使ったのだろう?)
    認定!と相成りました。

    ※撮影後の豚まんは、参加者およびスタッフが美味しくいただきました。

    あと、ビックリしたのが、認定証でした。
    ギネス協会?からの正式なギネス記録参加認定証(希望者のみ)のおねだん、なんと7,500円也!
    修正_写真-2013-08-17-13-52-43

    正当性を担保する為には、偽造防止のホログラムとかでも1枚あたり数円で印刷できると思うのですが、
    やはり、途中にいろいろ介在するんでしょうかね、認定する為にはダブルチェック、トリプルチェックは当たり前!
    多くの方の承認が必要なのかもしれませんw


    2013年7月30日

    2011年8月~10月

    8月になると、気仙沼の柔道スポーツ少年団の小学生らが引率の先生に連れられて、岡本にやってきた。
    最初はなかなか神戸まで来てくれる子供たちが見つからず、
    後で聞くと元々気仙沼というか東北の親御さんらの感情として、子供だけで遠くまで行かせるということ、
    そして行ってもせいぜい関東(東京)までで、関西というのは「なんかちょっと怖い」(笑 
    ところらしく、抵抗感があったようだ。
    それでも6月にお会いした方とのやり取りの中で、柔道をやっている子供たちが来てくれることになったので、
    甲南大学の柔道部の練習場をお借りして、そこで毎週行われる柔道の練習(大学生だけでなく、小学生くらいの子供たちも交えた)に、
    いっしょに稽古をつけていただくことが、甲南大学のご好意で実現することになった。

    我々バスで気仙沼に行った連中は、夏休みの思い出になれば、という気持ちで、神戸の南京街やちょうど行われていた神戸の花火大会にも連れてった。
    ほかにも王子動物園や有馬にも行って、初めての神戸を満喫したらしい。
    子供たちは初めての神戸に多少戸惑っているようにみえたが、帰る頃には我々大人にも懐いてくれた。
    見送りには行けなかったが、新幹線のホームでのツイキャス映像を見て、ちょっと寂しくなった。

    ついで、8月下旬、岡本では毎年恒例のサマーフェスティバルが開催され、そのなかで気仙沼の方たちによるブースが設けられた。
    気仙沼の新中央商店会の方々が来られて、気仙沼の現状を訴えながら、支援グッズの販売をされていた。

    10月になると、2度目のバスツアーが敢行された。
    このときのメンバーは歌手、画家、占い師、などなど、いろんなメンバーで構成されていた。
    ちょうど、復幸祭(ふっこうさい)というイベントを気仙沼の田中前という地域で開催するというのに合わせて、
    我々は、「はじめてのFacebook講習会」というのを催しました。

    主に気仙沼の商店主さんたちに、Facebookのアカウント作成をお手伝いし、我々とFacebookでつながりませんか?という主旨で、
    神戸からいくつかのノートPCを持ち込んで、会場に集まったお客様に案内しまくりました。
    結果、約10数名の方がアカウント作成していただけました。※

    イベントでは、前回神戸へ招待した柔道スポーツ少年団の子供たちから、感謝状をいただいた。
    檀上に上がって、何か一言といわれたので「これを機に、この関係がずっと続いていけたら良いですね。」といったような気がする。
    とにかく、そう思った。

    ※『そのうちのおひとり、マルトヨ食品の清水さんて方は、TwitterやFacebookで我々のイベントを知ってお越しくださいました。
    我々も事前に気仙沼市内で、TwitterやFacebookをやっている人にできるだけつながっておくようにフォローしたりしていたおかげか、
    清水さんのTwitterのアイコンがホヤぼーやだったことを知っていたので、「ホヤぼーやの人ですね!」と声をかけてしまいました(笑
    そこで、Facebookのアイコンはリアルの顔写真にしといた方がいいですよ、とアドバイスしてその場でデジカメで写真を撮り、その場で更新しちゃいました。その当時、清水さんは友達もリアルで知っている方に限定して使っていらっしゃったので、50名ほどと少なく、わたくしはそのとき150名くらいの友達とつながっていたので、「Facebookの友達はリアルに限定せずに、つながりをもっと多く持った方がソーシャルの世界で発信していくには有利ですよ。」と、申しましたところ、そのとおり愚直に実行されて、今や2,200名以上の友達とつながって、気仙沼といえばこの人というくらい有名人ですね、SNSの力おそるべし!今ではわたくしの方がいろいろと教わっております…あのときはえらそうな事言ってホントすみませんでした。』

    イベントの終了後、気仙沼の方との懇親会が行われ、唐やという和食店でそのころ旬の戻りカツオのお刺身と地酒をたらふく頂きました。
    そのとき、どうして神戸の方はわれわれに支援してくれるのか?という話になって、「神戸の震災のときに、我々はそれこそ名前も知らない全国の方々にたくさんの支援をいただきました。(関西広域連合のカウンターパート制のおかげで、兵庫県は宮城県を支援というカタチでというのもありますが)そのときの御恩返しのつもりで、気仙沼の方の中にもきっと我々に支援してくださった方がいらっしゃるはずだと思いますから、こちらが今度は支援させていただく番だと思っております。」と申し上げると、

    「そういえば昔、港に集まって、みんなで水や自転車やおむつや生活用品を船に載せて神戸に送ったことがあったなぁ。」

    とおっしゃる方がいました。

    私は、「それはだれの発案で、いつ、どれくらいの人たちが参加して、船はどうやってチャーターしたんでしょう?」と矢継ぎ早に質問しました。

    しかし、その当時JCや商工会議所のメンバーだった方たちは、口をそろえてこう言いました。
    「俺たちゃ、荷物を運ぶの手伝ったりしたのは覚えているんだが、さて、だれから言われたかとかそういうのは覚えていないし、心当たりもないなぁ。」
    「ただ、神戸に船が行ったというのは間違いなく覚えている。確か、新聞に載ったような。」

    このときは、「まぁ、今度来たときに尋ねれば、すぐにわかるさ。」とおもい、深く追求することはなかったけれども、実際に明らかとなるには約1年かかることになろうとは。

    2013.07.30寄稿(つづく)


    2013年6月5日

    先日まで気仙沼にいました。
    今回の旅は、少し前に畠山さんから「6/2に植樹祭あるからおいで!」とお誘いを受けましたので、「ぜひ伺います!」と二つ返事をしましたもので、実現しました。
    で、当日畠山さんにご挨拶する機会があったので、どうも…と言って近寄ったところ、「あら、ほんとに来たの!」と驚かれました…貴方が来いって言うから~(笑

    麓の最寄駅から歩いて山頂の会場まで、約1時間。その後急斜面の山腹に苗木を10本以上植えてきました。(ほんとは最初おひとり様1本ということだったのですが、途中で相当苗木が余っちゃって、残っている若手?で往復しながら苗木を植えてまわりました…畠山さんの山頂でのスピーチを聴いただけで、あとは麓のお祭りに帰っちゃう参加者の方が多いらしく、例年たいへんそう…今年は約1,400人の参加で、1,500本の苗木を三菱東京UFJ銀行さんがご提供いただいたそうです。)

    下山した後のビールが最高に美味かった~(*^_^*)

    気仙沼出身で今は東京に住んでいるTくんは、ひょんなきっかけで以前から仲良くさせていただいているのだが、今回、植樹祭の為に帰省していたらしく、偶々山頂でばったり出会い、久しぶりに挨拶していると、そこへ集まっていたTくんの知り合いの方々ともご挨拶させていただいた。

    私が神戸から来て、気仙沼でこれこれこういう活動をしていると自己紹介すると、皆、真剣に私の話を聴いてくださった。いきなり来た見ず知らずの者の提案を聞いて下さり、ありがとうございます。

    そして、植樹祭が終わり、気仙沼を発とうとした折に、メールでお知らせが…。
    全く別の2つの活動が、これから気仙沼と神戸を結んで、より発展していきそうな予感がしている。
    次回、気仙沼に行くのが楽しみだ!


    2013年6月2日

    ツタエテガミの活動はこちらです。 http://tsutaetegami.blog.fc2.com/


    2013年5月30日

    【業務連絡】
    しばらくぶりに、また気仙沼へ行きます。
    今回の旅程は、
    ☆6/1 朝イチの便で伊丹~仙台空港へ。仙台~気仙沼へはバスで。バスの待ち時間がけっこうあるので、仙台市内の百貨店巡りをして、ホヤぼーやの人気投票を必ずしていく。
    http://gotochi2013.jp/
    ※5/30現在、ホヤぼーやは第3位(4288ポイント)。ちなみに、第1位 青森県 たか丸くん(6630ポイント)、第2位 福島県 がくとくん(4653ポイント)である。
    [百貨店リスト]
    藤崎百貨店:宮城県仙台市青葉区一番町3丁目2番17号
    さくら野百貨店:宮城県仙台市青葉区中央一丁目9番33号
    三越さんは、遠いし、投票箱があるのかについての情報が見当たらないので、却下。

    午後に気仙沼着。夕方に日本酒ゲット。

    ☆6/2 朝イチに、気仙沼駅からバスまたは汽車で高沢(バス片道230円(30分)。もしくは矢越駅)に。そこから植樹祭会場まで歩きで約30分。
    『第25回 森は海の恋人 植樹祭』に参加(14:00まで)。

    ☆6/3 (フリー)だれか遊んでください!ww

    ☆6/4 南郷から仙台駅前までバスで。途中、はまなすホール付近を通過。仙台には少し早めについて空港へ。※サッカー日本代表の応援の為。
    大阪駅に24時過ぎ着予定。


    2013年5月27日

    結局、飛行機で行くのもなかなかお安くないんだよな~
    神戸から気仙沼までは、今まで夜行バスを使って仙台に着き、そこからまたバスを乗り継いで気仙沼には午前中に着くことはないのですが、
    ともかく24時間以内には着きます。
    それが最近になって格安航空機Peachが関空~仙台間を片道5,000円程度で行くようになったので、ここはやはり検討しなければ!ということで、
    試算してみたのですが、関空朝7:25発の便に乗るためには、Peachの場合さらに出発30分前にチェックインカウンターで手続きを終えていなければ、決して乗せないという決まりですので、遅くとも6:55に関空に辿り着いておかなければなりません。神戸からは電車ではムリです。バスもそんなに早くはでていない。車で行っても駐車料金がバカ高い(3泊4日で7,000円?もっと安いとこあるらしいですが、結構トラブルもあるみたいだし)…タクシー?なんてもってのほかでしょう。
    ※神戸空港から関西空港へのベイシャトルという高速船があるようなのですが、神戸空港5:30発、関西空港6:10着というのがあるにはありますけれども、
    神戸空港に5:30に行く手段は?ちなみにポートライナーは三宮始発が5:40…orz
    逆の経路、つまり関空から帰るときにおいても、関空発の最終(Peachの仙台~関空便は、22:25着)23:49に乗って神戸空港に着くのは24:30…w

    ということなので、Peachで行くなら、関空に泊まる(関空のフリースペース6hr2,600円、会員ならさらに50%オフ)。のがいいんでしょうね。

    帰りはとりあえずJRで24:07大阪駅までたどり着くのが最短…日付は変わります。

    うわさでは7月頃に、長距離バスの便が廃止?とのこと(既に常連だったバス会社は大阪⇔仙台の便を廃止しております)。
    そうなると、ますますLCCなどの利用が増えると思うんですが、それにしても接続が悪い。
    ますます東北へ足が遠のくとおもってしまいますね。
    仙台空港、仙台駅から気仙沼へのアクセス便(バス、電車)を増便できないのであれば、せめて他のルートとの接続しやすいダイヤを編成していただけませんかね?

    空港からレンタカーというのもいいんですが、宿泊代くらいは平気でかかるので、この辺も何かしら改善できないでしょうか?
    泊まれるところがある。
    車がある。
    っていうのが気仙沼の街ではマストではあるんですけどね、これがまた難しいです。


    2013年3月16日

    20130316-064410.jpg


    2013年3月16日

    おはようございます。
    今から気仙沼へ向かいます。
    今回はなんと、飛行機!
    はー、なんだかドキドキしてます^_^

    目的は、大島をウロウロ、鹿折マルシェでお話、などなど。
    目玉はなんと言っても、美味しいお料理\(^o^)/
    ごちそうが待っています!


    2013年3月11日

    人の想いは通ずる…今日はそんなことを強く感じた一日でした。
    みなさまありがとうございます。
    多くの人の支えがあって、今の自分が成り立っているのだということ。
    そして、多くの人が支えてくれるというこの充実感。
    決して驕らず、多くの人に感謝して、
    明日も少しでもいいから、一歩前進しよう。そう改めて心に刻む今日、3.11。


    2013年1月15日

    遅ればせながらですが、今年初の気仙沼です。仙台までは雪の影響もあまり無く、すんなり(予定より30分以上も早く)到着しましたが、仙台から大船渡行きのバスの出発が遅れてしまい、道中もノロノロ運転で、気がつけば1時間以上も遅れて気仙沼に到着(>_<) でも、昼間はそんなに寒くもなく、穏やかな感じでした。 さすがに夜になると寒くて、道路もツルンコツルンコしていました。(^^;;


    2012年10月4日

    【今週末の気仙沼イベント情報まとめ】
    その1)10月5日(金)~7日(日):三陸映画祭 in 気仙沼
    ◆公式サイト:
    http://sanriku-movie-fes.jp/

    ◆Facebookページ:
    https://www.facebook.com/Sanriku.movie.fes

    ◆WESYM(ウィシム、活動支援サイト):
    http://wesym.com/project/profile?project_id=84

    その2)10月6日(土)~8日(月):気仙沼Tシャツアート展2012
    ◆公式サイト:
    http://sunabi.com/kakikukeko/

    ◆イベント情報:
    http://sunabi.com/kakikukeko/event.html

    その3)10月8日(月):気仙沼ストリートライブフェスティバル
    ◆公式サイト:
    http://k-streetlive.com/

    というわけで、今から行ってまいります!


    2012年9月26日

    今日は東京で「津波のまちに生きて」と題したセミナーに参加しております。

    20120926-190919.jpg


    2012年9月10日

    アンカーコーヒーさんで、スタンプカード作ってもらっちゃいました!(*^^*)

    20120910-104118.jpg


    2012年9月7日

    夜行バスに乗って、気仙沼に。
    今度は獲れたてのサンマが食べれるといいな(*^^*)


    2012年8月12日

    すごい盛り上がりました!

    20120812-170047.jpg


    2012年8月11日

    気仙沼みなとまつりのメインイベントは花火大会。ものすごく近くて、音が高い(気仙沼では、音が大きいことを高いというらしい)!
    本当にきれいな花火でした(>_<) 20120811-203713.jpg


    2012年8月10日

    今夜初めて行きました。
    賑わってますねー、今夜は有名人がお忍びで…⁈

    20120810-212852.jpg

    20120810-212903.jpg

    20120810-212922.jpg

    海鮮ど~ん!(*^^*)


    2012年8月10日

    久しぶりに訪れました。人が多くなってますね!

    20120810-142628.jpg

    20120810-142637.jpg
    そして、うめねすさんへ!
    ふかバーガー復活してましたー(>_<) 20120810-142757.jpg


    2012年8月10日

    気仙沼も暑いですね~(>_<) 20120810-134936.jpg


    2012年8月10日

    ワンマンか~、どうりで自動開閉しないのね(*^^*)

    20120810-122628.jpg


    2012年8月9日

    2011.3.11 東日本大震災を私はネットで知った。
    遠く神戸でもその時刻、ものすごい長い揺れを感じた。
    そして、海辺に近かった社屋から外を眺めてみたけれども、見た目には何も変わりがなかった。
    ふと、17年前の地震を少し思い出してしまった。そのくらい、久しぶりの大きな長い揺れだった。

    しばらくして、インターネットではそのとき流行っていたTwitterから、
    地震の情報が少しずつではあるが流れてきた。
    やがて、東北でものすごい大きな地震があったこと、津波の心配があるので、
    沿岸部の方は注意が必要であることが明らかとなりその様子を伝えるNHKの放送を
    Ustreamで(無断)配信している動画に釘付けとなった。

    「これはただごとではない。」

    率直にそう感じた。そして、これは神戸の震災のときとまったく違う状況だろうということを直感した。

    その日は、ニュースをしばらく見ていたが、途中で怖くなった。
    阪神淡路大震災のとき、被災しなかった地域の人たちはきっとこうしてテレビを見ていたのだろうなぁと思い、
    そして、当事者であった頃の思いがよみがえってきたからだ。

    次の日、ここ最近行きつけになっていたカフェに行った。
    そこは土曜日だけの限定オープンのカフェであった。

    きっと誰かにこの気持ちを伝えたくて居た堪れなかったのだろう。
    店のお客さんと、聞くとはなしに話を向けると、皆くちぐちに
    「前の震災(我々のあいだではむろん関東大震災のことではなく)とはえらい違うな。」と言っていた。
    特に阪神地区は、東西に伸びた狭い地帯での被害が中心であったが、
    今回は、飛び地での被害が見られ、復旧支援に行こうにも、じゅうぶんに行き届くのにはおそらく時間がかかるだろうなと思った。
    そして、津波による被害というものが、まるで想像を絶するものであった。
    どのくらいの範囲でどの程度の被害なのか?見当もつかない状況であった。

    そうしたなか、店のオーナーさん、今は東京に移り住んでいる常連さんと、3人で、
    「状況はわからないし、縁もゆかりもないけれども、とにかく東北に行って何かお手伝いしよう。」という話をした。
    それは、きっと我々が17年前に受けた御恩に報いる為でもあったとおもう。

    その次の週末には神戸・岡本の商店街では震災で被災した子供たちを、ホームステイで受け入れましょうという話が決まった。
    さっそくこの話は新聞で報じられたが、結局、子供たちは来なかった。
    新聞で報じられても関西圏だけで、後から通信社やネットを通じて、現地メディアにも取り上げられたのかもしれないが…。

    そうこうしているうちに、ゴールデンウィークにバスを貸し切って現地へ行ってみましょうという話が決まった。
    目的地は、本当に偶然に決まった。
    店のオーナーの知り合いの兵庫県の職員さんが震災前に宮城県に出向していたときに、偶々仲のよかった宮城県の職員の方に連絡が取れ、
    こちらの意図を聞いていただいたところ、宮城県の商店街のなかからいくつか心当たりを紹介していただき(県の商工課の方だったので)、
    そのとき最初に教えていただいたのが気仙沼市商工会議所の方で、これまた電話で問い合わせてみたところ、お話を聞いていただき、
    それでは気仙沼へどうぞ、という運びとなったのである。

    私はこのとき、もし上陸して、道が寸断されていても大丈夫なように、地図と長靴を購入した。
    結果的には日の目をみることは無かったが。

    ようやく6月になって、バスツアーが正式決定した。
    行く前に今回乗り合わせるメンバーへ説明会が行われた。ほとんどが初めて顔を合わす人たちだった。
    説明会では阪神淡路大震災のときに結成されたボランティア団体(今はNPO法人)の代表の方から、被災地支援についてのレクチャーがあった。
    先生はすでに東日本大震災の被災地に行かれており、現地の状況をご存じだったので、はじめて行く私たちにとっては非常に心強かった。
    でも、やはり不安というか、何をしたらよいのだろうか?と思っていたので、先生に伺うと、
    「決して何かしてやろうとは強く思わず、被災した方に寄り添うという気持ちで接してください。」というアドバイスをいただいた。

    初めての気仙沼、バスで行ってみた

    20人乗りの小さなバスに満席の状態で岡本を夜7時すぎに出発し、約17時間かかって気仙沼市内へ辿り着いた。
    岩手県の一ノ関辺りに来たとき、辺りは明るくなり街の様子もはっきりと見えてきたのであるが、震災の爪痕は正直あまり感じられなかった。
    しかし、気仙沼の市内にさしかかったところで、様子はがらりと変わった。
    建物が流されて無くなっているのである。それもバイパスを通るあいだ、ずっとである。
    今ならばほぼ位置関係がわかるが、そのときは「ここはどこなんだ?」という感覚で茫然と眺めていた。土地勘が無いからだけではなく、
    人が暮らしていたとしたら、壊滅的な被害であったということを頭の中で理解するにはあまりにも酷すぎたからだとおもう。

    昼前に、気仙沼の商店会の理事長さんにお会いすることができた。
    そして、その後、気仙沼市商工会議所の方に気仙沼市内を案内していただいた。
    エースポートの辺りは、港の桟橋が埋没してしまい、満潮のときには道路が浸水していた。
    大きなハエと、異臭が漂っていた。

    鹿折(ししおり)にもバスで行った。
    ちょうど焼けただれた歩道橋のたもとでバスから降りた。
    そこで、陸地に打ち上げられた大きな漁船を目の当たりにした。
    今思うと、あれが共栄丸だったのか…。
    危ないので近寄れないということだったので、遠くから眺めていた。
    鹿折地区は地震、津波、その後の火災と続けざまに被害を受け、まさに火の海だったと。
    実は今も街の風景はあまり変わっていないという現実は、もっとつらい。

    その後、市内で最も大きな避難所となっているKウェーブへ行くことにした。
    市内最大の広さとはいっても1,000人以上は避難生活を余儀なくされているということ、
    そしてこの避難所も9月には撤収するという計画だということを知った。
    先生が「ここに入って、みなさんとお話してみましょう」と言った。
    バスから降りるとちょうどラジオ体操をしているときだった。毎日この時間になると行うそうだ。
    そこで、飛び入りで参加した。
    いっしょになってやっているとひとりの元気そうなおばあちゃんが話しかけてきた。

    すると、「政治家は来るのが遅いんだよ。」という声を聞いた。
    どうやら余所者である私らを見て、国会議員か何かと間違えたらしい。
    怒鳴られた私は、その声の主の元へ近寄り、「私は政治家ではありません。神戸から参りました。大変でしたね。」と声をかけました。
    すると、彼女は政治家さんたちは震災後、避難所へも顔を出してくれず、みんな生活に不自由さを感じで暮らしている現状を知ってほしいと訴えました。
    つい最近も自殺があったとも。仮設の抽選についても不公平さ、不安さを感じるとも。被災してから現在までの経緯を直接伺った。要はこういうことを政治に求めているのだということだろうが、地元の政治家さんも被災者のひとりであることには変わりない。
    「お手紙書きますね。」とだけ言って、私ではどうすることもできない無力感に打ちひしがれたまま、Kウェーブを後にした。

    それから、忙しい中、商店会の理事長さんたち数名とお話しさせていただく機会を得た。
    「阪神淡路大震災を経験し復興していく過程を体験した我々として、お役に立てることがあると思うのでなんでもおっしゃってください。」という言葉に対し、
    「これからどんなことに直面するのか、今は想像もできない。」という答え。
    これまで全く縁もゆかりもない人からの問いかけだから仕方ないのかもしれないが、
    「結局、何しに来たの?」という視線が痛かった。
    私として何をどうするかという具体的な提案は持ち合わせていなかっただけに、本当に居た堪れなかった。

    「必ずまた来ます。」
    という言葉をいうのが精いっぱいだった。
    夜は暗くなると電灯の無い街となるので、夕方もまだ明るいうちに気仙沼を後にした。
    帰りの車中は悶々としていた。あまりの被害の甚大さに対し、無力感に苛まれた。

    岡本には翌日昼過ぎに着いただろうか。誰彼となく反省会をしませんか?という雰囲気になり、近くの王将でビールを飲んだ。
    ダメダメ体験をしたが、決してこれで終わりではないんだ。
    現状を垣間見ることで、問題意識が高まった。
    これで気仙沼というところに向き合っていく決心をした。
    変なことを言うかもしれないが、「行ってみてよかった」とさえ思えた。

    2012.08.09投稿(つづく


    コメントを残す