マインドフルネス…なんて違和感ありな表現なんだろう

瞑想。流行ってますね。
検索してみても、いろんなHow to が紹介されています。それこそ迷走しそう。
昔はメディテーションって言ってませんでしたか?最近はこのマインドフルネス。

マインド=精神
フル=満たされた
ネス=その名詞形?状態、様。
したがってマインドフルネスとは、精神が充実した状態。とでも訳すんでしょうか。
でも、瞑想するというのは、精神が充実した状態に達する為の所作を指すのでしょうか?
精神が充実した状態とは逆に、頭の中を空っぽにした状態が瞑想なのだと思ってましたから。

ストレス社会といいますが、外部からの刺激が人間には必要です。
人は刺激によって自分の立ち位置といいますか、尺度を意識するのだと思いますし、成長にはとても必要な要素だとおもいます。
しかし、外部からの刺激が過剰なのが現代社会といわれています。

なので、過剰な刺激にさらされている自分=脳をクールダウンさせるやり方が瞑想なのだと思います。

いろいろなことを考えているのが煩悩だといいますが、実は人間は瞬間瞬間でイメージしている事柄は一つだけなんだと思います。マルチタスクではありません。ドラムやピアノで手足を同時にバラバラで動かしているのは、マルチタスクなんだといえますが、そのときの脳は実は空虚なんだといえます。つまり、何にもとらわれていない、一つのことに集中せずにいられている。

だから、マインドフルネスという言葉ではないように思うんですよね、脳がパフォーマンスしている状態って。

最後に、久しぶりにブログをアップして、なんでこのテーマなんか?
今年が始まって既に七草粥…なので、遅ればせながらブログも更新していこうかしらんと思い立ちまして…。たまたまFBFの方のブログを読んでの読後感を認めました。
参考ブログ:Love myself 私の愛し方
林田七恵【ホリスティック美容家、オーガニックコスメ開発者】
http://ameblo.jp/linda-nanae/entry-12234470550.html

いつかお会いしてみたい方です。福岡に行ってみよう!

【おまけ】瞑想とは?でググると…。
”瞑想の具体的方法 | 30分でリフレッシュ&幸運体質!”
http://taking-a-stand.jp/how-to-do-meditation-2246

”瞑想のコツと方法をわかりやすく解説、効果を感じられるやり方とは?”
http://nolovenoteam.com/meditate-zen-1468.html

”瞑想のやり方やコツとその効果を、できるだけ詳しく言語化してみた【新宮 慶 式】”
http://selfquest.hatenablog.com/entry/2016/06/26/133302

”瞑想”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9E%91%E6%83%B3

”瞑想とは何か!?その意味やするとどうなるの?マントラって?やり方や ”
http://xn--u6j5kl87fyjal12gfqa912a.jp/meisou-zyoutai

”正しい瞑想のやり方で、上手に精神を統一する7つの方法”
https://spiritualism-japan.com/meditation72/

”1分30秒で理解する・瞑想とは何か?を知る3つのステップ。”
https://spiritualism-japan.com/meditation2/

”初心者でも超簡単、集中力のいらない瞑想方法”
http://wellness-to-go.com/2013/04/09/%E5%88%9D%E5%BF%83%E8%80%85%E3%81%A7%E3%82%82%E7%B0%A1%E5%8D%98%E3%81%AA%E7%9E%91%E6%83%B3%E3%81%AE%E3%82%84%E3%82%8A%E6%96%B9/

老舗のサバイバル術

タイトルは、あえて老舗と書きましたが(京都では、創業100年以上のお店に対し、”老舗”という呼称を認めているとうかがいましたが)、新たに起業されようとしている会社や事業体のかたにとっても、同様のことがいえるのではないかとおもいます。

⑴これから比較的長いスパンの需要が見込めて、

⑵ノウハウを使えて、あるいは自分の得意分野で、

⑶敵が居てない、あるいは敵がしばらくは参入して来そうにない
ビジネスが成功するのだというわけです。

しかしながら、それぞれの要素は当然ながら見誤るリスクがあるわけで、成功したビジネスというのは、ある種の思い込みや錯覚や知らぬ強みであったかもしれません。

それでも、やらなければ、はじめなければ、それは絵に描いた餅であります。

実現するというところまで、やり切れる自信や資本や機会に恵まれるためには、日々の精進と言ってしまえば、神頼み的ではありますが、それでもやっぱり一番正しい方法なのかもしれないな、とおもう今日この頃であります。

昨日の老舗学の講演を聴いての感想です。

  

嘘に騙されているフリをする、という嘘がつける人の寛容さ。

エイプリールフール。
由来には諸説あるようなのですが、今回ご紹介したいのは、こちらの説。
スコットランドのある親子の物語

スコットランドのある親子の物語。
まだ5歳で母を亡くした少年。
幼くして母を亡くした少年には母が亡くなったという事実を飲み込む事が出来なかったのです。
父が何度説明しても、
「母さまはいつ帰ってくるの?」
「母さまはどこにいるの?」
4月1日は少年の6歳の誕生日。
去年は花の精の絵本。
その前の年は小人が主人公の絵本。
もう何十回も読んだ母からのプレゼント。
「母さま、今年は何の絵本を下さるのかな?」
父は息子にプレゼントを用意しました。
それは、もういないはずの母からの手紙でした。
毎日母からいただいた絵本を読んでいたおかげで少年は幼くても字を読むことが出来たのです。
父は妻に感謝しました。
手紙はもう会えなくても母はいつも少年を思っている、元気でいてくれという他愛もない内容。
それは父が苦し紛れで書いた手紙。
しかし少年はそれを何度も、何度も読んでいました。
そしてそれからしばらくして、少年は母について尋ねる事をしなくなりました。
次の年も4月1日には少年に母からの手紙が届いたのですが、その次の年は少し状況が違いました。
「今年は父さまにも手紙が届いたよ?」
少年宛に一通。
そして父宛にもう一通。
少年も8歳になって気がついたのです。
手紙は父が書いてくれていた事を。
父だって母がいなくてとてもさびしいのだと。
封筒にも入っていない、何度も書き直して薄汚れくたくたになってしまった便箋。
会えなくても夫の事を思っていると、お酒を飲みすぎるなと、そういった他愛の無い内容。
母の字には似ても似つかぬヘタクソな字で書かれた手紙でしたが、しかしそれからしばらくして、父のお酒の量は少しだけ減りました。
それから何年も、何年もそのやり取りが続きました。
父は黙って子に騙され、子は黙って父に騙され続けたのです。
いつしか父に届く手紙の字も、母の字に似てきていました。
そしてこの話はスコットランドの人々に知られるところとなりました。
手紙の正体は皆知っているのですが、誰もそれを指摘するものはありません。
ある日、この事が当時の皇太子ウィリアム=エイプリルの耳に入り、大いに賞賛されました。
そして4月1日は「黙って騙される愚か者(フール)を演じる日」、エイプリルフールと言う日が制定されたのです。
エイプリルフールはふざけてうそをつく日なんかじゃありません。
やさしくうそに騙される日なのです。
自分もこの話を聞いてからは4月1日にふざけるのはやめようと、そう思いました。
いい話だと思います。
そして自分で作った話にしてはよく出来ていると、そう思いました。
自分はスコットランドはおろか海外に行った事すらありません。

話自体はともかく(ネタですので)、親子のあいだでの心のやりとりのところ、自分をおもって突かれた嘘には、騙されてみてもいいのではないでしょうか。その辺りの許容性というものが人間としての魅力なのかもしれません。

エイプリールフールの話題として
もうひとつ、例のマッサンで一躍有名となったウヰスキー業界での、名作CMです。
ジョニーウォーカー黒ラベル
良いもの作っていますね。
これも嘘に対する許容性といえるのかもしれません。

最近、CMは芸術作品なのか?CMアワードの目的は、広告代理店の為なのか?という事が言われていますが、もちろん売れる為に流すのがCMでありますけれども、伝えたいメッセージは商品直結である必要は必ずしもないのではないかとも思います。CMがその国の文化度を表す鏡だとすれば、一本すじが通ったCMが流れている国というのは素晴らしいと思います。

人のすることにいつも反対する人への対処法

何か新しい取組みを試みたら、必ずといっていい程、批判が起こります。

では、なぜ批判は起こるのでしょう?
1)新しい事は、今まで無かったことなので、不安。
2)今の状態から何か変わるということへの、面倒くささ。
3)今の状態で既得権益を得ている人にとっては、新しい事によって既得権益が今より減るか、周りが利得を得てしまうことが、じぶんにとって損だと思う為。
4)新しい事を言い出した人が、単に嫌い。
5)新しい事が、どうも間違っていて、しかも自分らの生活に悪影響を及ぼす可能性が高いと思う為。
6)これらの複合系
こららの原因は、以下のように対処していけば良いのではないかと考えます。
1)今まで無かったことなので、何がどのように変わって、どう良くなっていくのか?当然デメリットやリスクも説明しなければなりません。リスクテイクできない人には、何を言っても無駄ですので、言うのは「リスクは私たちが取りますのでご心配なく」とだけでよいでしょう。
2)何か変わることで新しいことを身に付ける事こそ人生の醍醐味なのに、勿体無い。
このような考え方のひとには、どうしたら良いのか?今座っている椅子から新しい椅子へ移らせるには、1. 今の椅子をぶっ壊す。2. 新しい椅子に座らなければ生き残れないとアナウンスする。3.  新しい椅子の良さをアピールする。といったことでしょうが、「今座っている椅子は、いずれ悪くなりますが、新しい椅子に今すぐ移れば、得をします。しかし、今のうちに移らなければ、必ず不利益を蒙ります。」と説明すれば、この手の人はすぐに退いてくれるでしょう。
3)の場合は、はっきり言って、闘争ですね。妥結点を早急に見つけなければなりません。
4)のケースは、少数派であることが多いですので、基本無視でしょうか。しかし、世論を味方につけておく必要はあるとおもいます。
5)これが1番多いケースで、しかも悲惨なケースではないでしょうか。相手が正しくて、自分が間違っているのにも関わらず、突っ走ってしまう。聞く耳を持たない。
この手の批判は、実はやる前から分かっているケースが多いのですが、誰からも批判されない雰囲気がそうさせるのか。あるいは、内容に対する批判(より良い提案)をあたかも発案者への個人批判と受け取り、それを排除しようとする組織内政治力?がそうさせるのか。(何故か行政主導の案件で多いのは気のせいでしょうか?)
小さな例であれば、その不幸の影響も小さいのでしょうが、それが大阪都民(これからも市民のままですが)のようなケースでは、取り返しがつきません。
新しいことを拒絶しては変わりはしませんが、その内容についてはよく吟味しておく方が良いに決まっていますし、言ってる人の好き嫌いとかで決めず、めんどくさくても新しい事の是非でジャッジしてほしいと思います。そんなに時間もないですが、もっとメリット・デメリットを詳しく説明してもらいながら。

失敗は成功の元。というのにはこういう意味があるのか

「敗けた」という事実を「失敗」であると受け止めると、そこからおじけづき次の挑戦に向き合えなくなる。失敗した自分を恥じたり悔いたりすることは、事実に目を背けたり、誤魔化したりもする。

そこで、「敗けた」という事実を「ある行動の結果」として受け止めれば、結果に対して冷静に見つめ直し、次の挑戦でその経験を活かした行動へチャレンジできる。

「あきらめたらそこで終わりですよ。」という名言がありますが、夢は無限大でも人生は有限なので、いずれ諦めなければならないと判断する時が訪れるものです。
失敗しても何とか歯を食いしばってしがみついてときにはヘラヘラペコペコしながらでも、できるだけ体力を消耗せずに継続する力。それこそ成功の元なのだと思います。

両立というか、同時並行での心構えみたいなもの。

ちょっと面白そうだなとおもって読んだ記事です。

二足のわらじ、飲食店と会社仕事両立のコツ

商売は読めない。とにかく前倒しが基本

 飲食店の最大の問題は「その日の商売が読めない」ことです。土日なのにヒマなのはザラですし、平日のランチが意外に忙しい、なんてこともたまにあります。

 そんな中で、パラレルに仕事をするわけで、早起きの次に大事なことは「とにかく時間ができたら前倒しでどんどん片づける」です。仕事に限らず、洗濯(天気に合わせて干すことも考えなきゃなりません)や温泉に入りに行く(ヒマなときに早じまいでサクッとひとっ風呂)、なんてことも含めて常に前倒しで物事を進めるようにしています。ま、夜のビールに差し障りがあるような仕事の残し方はしたくない、という一心ですね(笑)。

二つのことを同時に行うと、どちらか一方あるいはどちらも疎かになるのでは?という意見があるが、
今はわたくし、そう思いませんね。むしろ、上手にドライブさせていけると思っております。

引用した記事の著者もおっしゃっているとおり、

こういう状況下で「前倒し」とともに重要なのは、空き時間、隙間の時間についての「タイムスライス」という考え方です。コンピューターの世界では、TSS(time sharing system)という仕組みがあり、CPUのパワーを短い時間単位で多くのジョブに割り当て(タイムスライス)、それを刻々切り替えることで、各々のジョブにはコンピューターを占有しているかのように感じさせつつ、同時に複数のジョブを処理しています。

という考え方が両立を成立させるとおもいます。
しかし、
時間の細切れ、隙間の活用、といったものが向いている仕事と、そうでない仕事があるかもしれません。

ですので、両方ともが時間を占有する、あるいは時間の読めない仕事だとすると成立しないでしょう。

リスクヘッジという意味でも、複数の仕事を掛け持つというのは正しい選択だとおもいます。
”ポートフォリオ”とでもいうのでしょうか?

「自分の時間の充足度。」これは次のステップを歩んだときからの価値基準であります。

ブレないためにも

相手の気持ちを考えて、相手の想いをカタチにする。
それに向かって最大限の知恵を振り絞って企画を通す。
そして企画をやり切る。

そんなとこですかね、わたくしの仕事って。

先週そんなことを聞かれる場面がわりとあったんで、改めて文章化してみました。

「イタリア料理の有名シェフ・落合氏が語る、「行列ができる店」の理由」はそうだろうなと思った件。

最近話題の、鴨居商店さんの「日本人の舌に合わす」という姿勢と、マッサンの「本物のウヰスキーを作る」という姿勢の話にも通じますが、結局はどうやってその味を宣伝していくか?というところに尽きると思うのです。
「この味は美味いですよ」といって奇抜な広告で認知してもらうのか?この場合は、その奇抜さをいかに生み出すかと、広告宣伝費をどれだけ投下できるかという点が問題であります。

「この味は本物だよ」というのを意気に感じて広めてくれる人に接するのか?この場合は、その本物を追求している姿勢がお客様にどうやって伝えるかと、それを続ける資本力(根気)がどれだけあるかという点が問題であります。

『100席ほどの店に10人しかお客さんが来ないという日々が数カ月続いて、こっちはすっかり弱気になってね。「やっぱり日本人好みにアレンジした料理を出さないと、お客さんが入らないですよ。昨日なんて10人しか来なかったんですから」とこぼしたら、諭されたんだ。「お客さんが来ないって言うけど、昨日の夜は10人来たんだろう? お前は来てくれたお客さんをちゃんと満足させて帰したのか?」って。

ハッとしたね。それまでの僕は「たった10人しか来ない」とボヤくばかりで、その10人をいかに満足させるかなんて考えたこともなかった。ホールに出てもお客さんと会話をすることさえなかったんだ。そんな姿勢で自分の料理をわかってもらえないと嘆くなんて、甘いよね。反省して、そこからの行動は早かった。接客経験なんてなかったけど、次の日には笑顔でお客さんにメニューを説明していたよ(笑)。そのうちにイタリア政府関係のあるお客さんが常連客になってくれたんだ。その方が店の評判を広めてくれて、外国人のお客さんが増えたら、日本人のお客さまの評価もガラリと変わってね。オープンから1年半たったころには予約でいっぱいの店になった。ちょうどイタリア料理ブームも起きて、それはもう忙しかった。』

落合シェフの話より

どちらのやり方も正解であるし、それなりに難しいといえます。

個人的には、本物を作り続ける姿勢を伝えるお手伝いをしていくのがしてみたいことでもありますので、当然後者を応援したくなりますね。

納得!あのダイエット方法が効くにはちゃんと理由があった?!

毎度、ネタ元は「大島考研メルマガ」です。

バラ色の夢を持つのとイヤなことを避けるのとでは、どちらが動機づけ力が強いのか?

未だ得られていないバラ色の夢は、たとえ実現しなくても失うものは無い。
しかし、嫌なことが起きてしまえば、大切なモノを失うだろうし、今持っている幸せを失うのはつらい。
だから、イヤなことを避けることの方が動機づけ力が強いといわれる。

一方、物事の達成のその先に幸せが待っているという幸福論とは対極の
幸せ感を先に作ることを考えて行動した結果、成功するという幸福論がある。

ここから導き出せるのは、”先に幸せな感覚を有すること(まだ幸せによる結果は得られていない状態)で、物事を実行すると、
動機付け力が強まり(この幸せ感を失いたくないというインセンティブが働き)、
行動が持続していくので、目標達成できる可能性が高まる”という考え方である。

ダイエットして成功した姿を強くイメージするというNLP的な手法よりも、
好きな人ができて、その人に嫌われないようにするダイエットの方が成功する(女性は恋すると綺麗になる的な)のは、
人間の動機付け力の強さの面からみても正しいようにおもえる。

会議の目的

「会議はマウンティングやマーキングの場所ではない。」

会議は何かと為すために、必要な事柄は何かを決めて、それらを共有することである。

おのれの存在価値を高めるために存在するものではない。

なんか勘違いしてる人が多く出席している会議は、本当にイミフである。

そういう輩は、自己責任をとれない(とらない)人であるので、会議ではなく
意思統一のための衆人監視のなかの業務命令という場になってしまう。

それでも、やつらは責任は取らないけどね。

会議の時間、返してよ!とおもうときが多いが、そんなときは瞑想している自分。

日々是修行であります。ありがたい。