支えてくれる人たちがいる それが街には大事なのかな。

ちょっと、思いつきで書いております。備忘録的に。

起業するとか、開業したいとか、そういった人が増えてくると、街に活気がでてくる。

そうおもう商店街組合の人たち、あるいは行政の方たちっているとおもうんです。

でも、起業や開業したい人たちって、何に不安があるかというと、
資金面であったり、集客だったりするわけで、
とくに不動産の賃料というのがイニシャルでも固定費でも重くのしかかってくるわけです。

日本は土地本位制の経済ですから、仕方ない面はありますが、家賃の補助という施策が採用されている自治体ってあると思います。

それも大事ですけど、もしかしたら、もっと大事というか定着して成功する街っていうのは、

「支えてくれる人たち」がいる。

ということが必須なのではないかとおもいました。

支え方というのは捉え方がまちまちだとはおもうんですけど、
たとえば、「あたたかく迎えてくれて」「お客さんを紹介してくれたり」「お茶に誘って話を聴いてくれたり」「厳しく商いについてアドバイスしてくれたり」「自分たちのアイデア、熱い想いをうなずいてくれたり」「遠くから見守ってくれていたり」「近くにきてきにしてくれてたり」、まぁ、言ってみれば

コミュニティを共に盛り上げていく仲間として接してくれ、そして、未来への挑戦を応援してくれる関係性。

みたいなものを持っている先住者が居る街は今後も活き活きした街になっていくのだろうし、チャレンジしようとする人も集まってくるのではないか。

あんまり干渉してこられたり、今までのしきたりというものを押しつけられたり、逆に無干渉だったりすると、人は寄ってきません。

資本力があるチェーンや大手メーカーが居る、どこにでもある均一な街場になってしまうのはつまんないとおもう街の人は、
それこそ「おもてなし」の精神でチャレンジする人たちを支えてくれると、個性的で面白い街になって人が集まってくるとおもうけどな。

バードマンあるいは(消えた黒毛和牛の塊がもたらすカレーの奇跡)

映画ずいてる昨日今日。
アカデミー賞作品でした。  
なんだろー、このモヤモヤ感…そいえば昔、イングリッシュ・ペイシェントというアカデミー賞作品を観に行ったときと同じ感覚でした。

それに、一緒に観ていたマダムたちの出場後の会話が聴こえてまいりましたが「あー、アカデミー賞作品って感じ」という言葉がいみじくもこの作品を物語っているようでした。

ちなみに、主演と共演者の演技力はとても素晴らしいものでしたよ、念のため。映画が間延びせずのめり込めたのは、彼らの演技によるものだと思います。

朝いちばんの上映はお安くなるというので、朝食ぬきで馳せ参じましたがさすがにお昼過ぎましたのでお腹が空きました。
  
岩屋というところには、中華の名店があるのですが昼間はお休みになってしまいましたので、汁なし担担麺のお店へ向かいましたがあいにく本日お昼休業とのことで、坂を行ったり来たりしてカレー屋さんに(毎度のカレーですみません)。

『黒毛和牛のスジ肉にバラ肉の旨みをプラスしたコクのある味わいです。』というんだけど、一片の肉塊も見当たらず…味は美味しかったですよ、念のため。
(そいえば、映画のタイトルはなんであんな長い、しかも括弧書きなんでしょうね?あまりに長くて映画の半券にも「バードマンあるいは(無知がもた…」で切れてました、関係ないですけど。)

で、あんまりあっさりした感じで終わってしまった食事と、その後に三宮で打合せがあるまでの待ち時間が思いの他長かった為、
  
近くの喫茶店にて昼食を。
ここでも(ドライ)カレーをば。セットで珈琲付けてもらい、食後にちょっと長居させてもらいました。
  
で、ふとコーナーテントを眺めていると、「県立美術館」とのコラボイベントが。ふーん、一生懸命やってはるんですね、街との連携が感じられますがイマイチPRが…正直はじめて知りました、すみません。
それよりもなんと、いただいた箸袋に『この箸袋は、環境にやさしい非木材紙(竹)を使用しています。』と書いてあるではありませんか!
先日、京都のカフェギャラリーでの展覧会で掲げられていた絵画のキャンバスに「竹紙(たけがみ)」が使われていたのですが、実はその竹紙を採算ベースにのせて工業生産しているメーカーは中越パルプ工業さん、ただ一社だそうです。このように、CSR活動をしている会社をわたくしは応援したいので、次回くわしくお話させていただきます。

  
気が付けば、阪神岩屋の駅もカラーリングが。
  
外から見るとはっきりとわかりますね。

弱視の子供たちに絵本を。

今日は梅田の阪急百貨店で、香川県は観音寺市名物「あいむす焼」という、エビをまるまる蒸し焼きにしたせんべい?を製造販売している豊浦さんというFacebook友達が、瀬戸内・四国物産展に出展しているというので陣中お見舞いに。

まいう〜  

  
大正天皇そして昭和天皇へも献上とあります。創業135年の老舗だそうです。  

  
新製品なのか?いそ巻というのがありましたので、こちらもゲット。  

実は、約1年前にも阪急でこうして物産展に出展されてましたが、今回は出展者の数も増えていて、土日であいにくの天気、しかもJR大阪の三越伊勢丹がリニューアルオープンした「1100(専門店の千と、百貨店の百で1,100らしい。それらが混ざり合うという意味?)」が初めての土日を迎えるとあって、梅田界隈は賑わっていました。


真面目に仕事してるってことを観音寺のみんなにも見せとかないと信じてくれないから、とおっしゃるので、記念にパチリ。そういえば、Facebookのおかげで今だに行ったことがない観音寺市にも友達ができましたので、必ずや一度観音寺市にも訪れたいと思っております。その折はどうぞよろしくお願い致します。

その後、Unirで全日本準優勝のバリスタ山本さんとお話させていただいて、今年実際にコンペで使用した100g3,200円もするCOEの豆を薦められましたが、注文後だったので今回はパス(笑。ですが別の豆でも相変わらず、フレッシュなフルーツのようなコーヒー。嫌味や苦味がなく、すぐに飲み干してしまう。そんな安定の一杯。ごちそうさまでした。

  
Unirでコーヒーを飲むときはいつも祝祭広場の階段で座って飲むのですが、今日は円庭でバザーが行われていました。ステージ真ん前には「H20サンタ」というコーナーがあり、「はて?なんじゃらほい?」と眺めていると、どうやら毎週土曜日の恒例イベントのようで、司会の方は阪急の社員さんのようでした。

阪急では、H20ホールディングスとしての社会貢献活動として、各地で頑張っているNPO法人などを紹介するブース展示を祝祭広場横で常設しています。その昔、わたくしもお手伝いしている「ツタエテガミプロジェクト」も展示紹介していただきました。ありがとうございます。
それがもう2,3年前ですからそれからもずっと継続していらっしゃるのだということを改めて知りました。
チャリティーネットワークH2oサンタとは

そして、今回ご紹介していたのが、「弱視の子どもたちに絵本を。」という活動をしているNPOでした。その名もNPO法人「弱視の子どもたちに絵本を。
http://www.wanpakubunko.com/npo/

正直、弱視というのがどれくらい物が見えない状態を指すのか?といったことも知りませんでしたので、今回の活動紹介で初めて伺って、そのような活動に取り組んでいる団体が存在する、しかも吹田市に、ということを知りました。
    
(後ろの大画面モニターに映し出されているのは、毛糸で立体的に浮き上がらせた”あ”の文字で、”あ”という字がどういう形なのかを触れて知ってもらう絵本。)  

司会を務めた阪急のスタッフさんは、今回の紹介に当たって実際にNPO法人「弱視の子どもたちに絵本を。」さんのところに赴き、弱視の子供たちとも触れ合うことで、会の活動を体験してきたそうです。
そういった意味で、このチャリティーネットワークH2oサンタさんのCSR活動はとても素晴らしいと思いましたし、これからも続けて行ってほしいと思いました。

紹介が終わったあとに、常設ブースへ行くと、NPOの理事の田中さんという方がいらっしゃったのでついつい色々と話を伺いました。
  

まず、力を貸してほしいとおもっていることは、
テキストデータを音声に変換するソフトはブラウザなどでも対応しているので、活字になっている書物をテキストデータ化しさえすればよく、その為のテキスト入力作業を手伝っていただける方が多くいれば、それだけ多くの書物を弱視の方も理解することができる。

なので、
テキスト入力作業のボランティアを募集していらっしゃいます。

NPOの起ち上げ準備期間として約2年、そして設立して5年というNPO法人だということで、まだまだやらなければならないことは山積しているようですが、いかんせん、現状に向き合い弱視の子供たちからニーズを汲み取り、それらを解消することで終始しているので、「絵本をつくる」という当初の目標になかなか取り組めていないというのが現状だそうです。

あと、読み聞かせのための音声入力は、従来のものがとても古く、新しく音声で録音したいのですが読み手が足りていません。
それ以外にも子供たちとふれあっていただく方、点字の入力作業(今はテキスト入力をPCソフトで変換し専用プリンターでプリントアウトすれば点字が打ち出せるそうです)といったことに興味のおありの方もご参加お待ちしております。

お問合せ先:〒564-0062 大阪府吹田市垂水3−21−7−1005
Tel.06-6385-6598
E-mail: wanpaku_jyakushi@gmail.com
NPO法人「弱視の子どもたちに絵本を。
http://www.wanpakubunko.com/npo/

嘘に騙されているフリをする、という嘘がつける人の寛容さ。

エイプリールフール。
由来には諸説あるようなのですが、今回ご紹介したいのは、こちらの説。
スコットランドのある親子の物語

スコットランドのある親子の物語。
まだ5歳で母を亡くした少年。
幼くして母を亡くした少年には母が亡くなったという事実を飲み込む事が出来なかったのです。
父が何度説明しても、
「母さまはいつ帰ってくるの?」
「母さまはどこにいるの?」
4月1日は少年の6歳の誕生日。
去年は花の精の絵本。
その前の年は小人が主人公の絵本。
もう何十回も読んだ母からのプレゼント。
「母さま、今年は何の絵本を下さるのかな?」
父は息子にプレゼントを用意しました。
それは、もういないはずの母からの手紙でした。
毎日母からいただいた絵本を読んでいたおかげで少年は幼くても字を読むことが出来たのです。
父は妻に感謝しました。
手紙はもう会えなくても母はいつも少年を思っている、元気でいてくれという他愛もない内容。
それは父が苦し紛れで書いた手紙。
しかし少年はそれを何度も、何度も読んでいました。
そしてそれからしばらくして、少年は母について尋ねる事をしなくなりました。
次の年も4月1日には少年に母からの手紙が届いたのですが、その次の年は少し状況が違いました。
「今年は父さまにも手紙が届いたよ?」
少年宛に一通。
そして父宛にもう一通。
少年も8歳になって気がついたのです。
手紙は父が書いてくれていた事を。
父だって母がいなくてとてもさびしいのだと。
封筒にも入っていない、何度も書き直して薄汚れくたくたになってしまった便箋。
会えなくても夫の事を思っていると、お酒を飲みすぎるなと、そういった他愛の無い内容。
母の字には似ても似つかぬヘタクソな字で書かれた手紙でしたが、しかしそれからしばらくして、父のお酒の量は少しだけ減りました。
それから何年も、何年もそのやり取りが続きました。
父は黙って子に騙され、子は黙って父に騙され続けたのです。
いつしか父に届く手紙の字も、母の字に似てきていました。
そしてこの話はスコットランドの人々に知られるところとなりました。
手紙の正体は皆知っているのですが、誰もそれを指摘するものはありません。
ある日、この事が当時の皇太子ウィリアム=エイプリルの耳に入り、大いに賞賛されました。
そして4月1日は「黙って騙される愚か者(フール)を演じる日」、エイプリルフールと言う日が制定されたのです。
エイプリルフールはふざけてうそをつく日なんかじゃありません。
やさしくうそに騙される日なのです。
自分もこの話を聞いてからは4月1日にふざけるのはやめようと、そう思いました。
いい話だと思います。
そして自分で作った話にしてはよく出来ていると、そう思いました。
自分はスコットランドはおろか海外に行った事すらありません。

話自体はともかく(ネタですので)、親子のあいだでの心のやりとりのところ、自分をおもって突かれた嘘には、騙されてみてもいいのではないでしょうか。その辺りの許容性というものが人間としての魅力なのかもしれません。

エイプリールフールの話題として
もうひとつ、例のマッサンで一躍有名となったウヰスキー業界での、名作CMです。
ジョニーウォーカー黒ラベル
良いもの作っていますね。
これも嘘に対する許容性といえるのかもしれません。

最近、CMは芸術作品なのか?CMアワードの目的は、広告代理店の為なのか?という事が言われていますが、もちろん売れる為に流すのがCMでありますけれども、伝えたいメッセージは商品直結である必要は必ずしもないのではないかとも思います。CMがその国の文化度を表す鏡だとすれば、一本すじが通ったCMが流れている国というのは素晴らしいと思います。

人のすることにいつも反対する人への対処法

何か新しい取組みを試みたら、必ずといっていい程、批判が起こります。

では、なぜ批判は起こるのでしょう?
1)新しい事は、今まで無かったことなので、不安。
2)今の状態から何か変わるということへの、面倒くささ。
3)今の状態で既得権益を得ている人にとっては、新しい事によって既得権益が今より減るか、周りが利得を得てしまうことが、じぶんにとって損だと思う為。
4)新しい事を言い出した人が、単に嫌い。
5)新しい事が、どうも間違っていて、しかも自分らの生活に悪影響を及ぼす可能性が高いと思う為。
6)これらの複合系
こららの原因は、以下のように対処していけば良いのではないかと考えます。
1)今まで無かったことなので、何がどのように変わって、どう良くなっていくのか?当然デメリットやリスクも説明しなければなりません。リスクテイクできない人には、何を言っても無駄ですので、言うのは「リスクは私たちが取りますのでご心配なく」とだけでよいでしょう。
2)何か変わることで新しいことを身に付ける事こそ人生の醍醐味なのに、勿体無い。
このような考え方のひとには、どうしたら良いのか?今座っている椅子から新しい椅子へ移らせるには、1. 今の椅子をぶっ壊す。2. 新しい椅子に座らなければ生き残れないとアナウンスする。3.  新しい椅子の良さをアピールする。といったことでしょうが、「今座っている椅子は、いずれ悪くなりますが、新しい椅子に今すぐ移れば、得をします。しかし、今のうちに移らなければ、必ず不利益を蒙ります。」と説明すれば、この手の人はすぐに退いてくれるでしょう。
3)の場合は、はっきり言って、闘争ですね。妥結点を早急に見つけなければなりません。
4)のケースは、少数派であることが多いですので、基本無視でしょうか。しかし、世論を味方につけておく必要はあるとおもいます。
5)これが1番多いケースで、しかも悲惨なケースではないでしょうか。相手が正しくて、自分が間違っているのにも関わらず、突っ走ってしまう。聞く耳を持たない。
この手の批判は、実はやる前から分かっているケースが多いのですが、誰からも批判されない雰囲気がそうさせるのか。あるいは、内容に対する批判(より良い提案)をあたかも発案者への個人批判と受け取り、それを排除しようとする組織内政治力?がそうさせるのか。(何故か行政主導の案件で多いのは気のせいでしょうか?)
小さな例であれば、その不幸の影響も小さいのでしょうが、それが大阪都民(これからも市民のままですが)のようなケースでは、取り返しがつきません。
新しいことを拒絶しては変わりはしませんが、その内容についてはよく吟味しておく方が良いに決まっていますし、言ってる人の好き嫌いとかで決めず、めんどくさくても新しい事の是非でジャッジしてほしいと思います。そんなに時間もないですが、もっとメリット・デメリットを詳しく説明してもらいながら。